29歳ギリホリ、オーストラリアで見つけた答え

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「もう遅いかな」

29歳の誕生日を迎えたとき、私の頭にはそんな言葉がよぎりました。ワーキングホリデーの年齢制限は30歳まで。いわゆる「ギリホリ」です。

お金の不安、仕事が見つかるかの不安、そして何より英語への不安。すべてが不安だらけのスタートでした。

それでも、あの時一歩を踏み出して本当によかった。オーストラリアでの3年目を迎えた今、心からそう思います。

100万円の貯金と、尽きない不安

出発前に準備した資金は約100万円。オーストラリアのワーホリビザ申請には、最低でも50万円ほどの残高証明が必要です。この100万円で航空券、保険、そして現地での当面の生活費を賄わなければなりません。

「足りるのだろうか」

何度も通帳を見返しました。友人からは「なんとかなるよ」と言われましたが、29歳で仕事を辞めて海外に行く。失敗したら戻る場所はあるのか。そんな不安が頭から離れませんでした。

英語力も自信がありませんでした。学生時代に勉強したきりで、実際に使ったことなんてほとんどない。本当に現地で働けるのだろうか。

でも、「やらずに後悔するより、やって後悔したい」その想いだけが、私を空港へと向かわせました。

ファームでの日々 – 「ここで何やってるんだろう」

オーストラリアに到着して最初に向かったのは、ファームでした。セカンドビザ(2年目のビザ)を取得するためには、指定された地域での88日間の労働が必要だったからです。

朝早くから畑で働く日々。周りはほとんど日本人で、英語を使う機会は、マレーシア人のスーパーバイザーと少し話す程度。想像していたような「英語漬けの生活」とは程遠い現実がありました。

「こんなところで何やってるんだろう」

正直、何度もそう思いました。体はきついし、英語も上達しない。でも、ビザのため。その言葉を自分に言い聞かせながら、毎日を過ごしました。

それでも、ファームでの経験は無駄ではありませんでした。様々な国から来たワーホリメーカーたちとの出会い、早朝の静かな畑での時間、そして何より「やり遂げた」という達成感。それらは、今でも私の財産です。

解放の瞬間と、本当の挑戦の始まり

ファームでの88日間を終えたとき、心の底から思いました。

「やっと解放される!!!」

次に向かったのは、ほとんど日本人がいない職場でした。パブリックエリアクリーナー、ハウスキーピング、そしてジャパレスのウェイトレス。どの職場でも、英語を使わざるを得ない環境でした。

最初は本当に大変でした。お客さんの注文が聞き取れない。同僚の冗談が理解できない。何度も聞き返して、相手の顔が曇るのを見るたびに、心が折れそうになりました。

でも、毎日英語を使う生活が、少しずつ私を変えていきました。

「あれ、今のわかった」 「さっき、ちゃんと会話できた」

小さな成功体験が積み重なって、気づけば一人でバー&レストランを任されるまでになっていました。「英語ができる」とは今でも思いませんが、「英語で仕事ができる」という自信は、確実に身についていました。

7つの仕事、それぞれの学び

オーストラリアでの3年間で、私は7つの仕事を経験しました。

ファームジョブ、パブリックエリアクリーナー、ハウスキーピング、ジャパレスのウェイトレス、寿司レストラン、バー、レストラン。

ワーホリでは、仕事や働く場所を変えるのは珍しいことではありません。むしろ、様々な経験を積むことがワーホリの醍醐味でもあります。

それぞれの職場で出会った人たち、学んだスキル、そして何より「また一から始める」ことへの抵抗がなくなったこと。これらは、日本にいたら得られなかった貴重な財産です。

もっと早く知りたかったこと

ワーホリ生活を振り返って、一つだけ後悔していることがあります。

それは、「もっと資金を上手に貯めていたら」ということです。

100万円という資金は決して少なくありませんでしたが、現地での生活費、移動費、そして予期せぬ出費を考えると、常に「働かなければ」というプレッシャーがありました。

もっと旅をしたかった。もっと違う都市を見たかった。でも、資金的な余裕がなくて、結局は仕事ばかりの生活になってしまった部分もあります。

そして今思うのは、「ワーホリとは別の収入源があればよかった」ということです。

WEBライティングやオンラインでできる仕事。そういったスキルが少しでもあれば、現地での働き方にもっと選択肢が持てたはずです。場所を選ばずに収入を得られる手段があれば、旅と仕事のバランスも、もっと自分らしくデザインできたかもしれません。

それでも、来てよかった

正直に言います。ワーホリは楽しいことばかりではありませんでした。

お金の不安、言葉の壁、孤独な瞬間。そして、「29歳でこれをやっている意味はあるのか」と自問自答した夜も、何度もありました。

もっと早く来ればよかった、とも思います。

でも、29歳だったからこそ見えたこともありました。20代前半では気づけなかった自分の強み、大切にしたい価値観、そして本当にやりたいこと。

オーストラリアでの3年間は、私にとって「人生の答え合わせ」のような時間でした。

今は日本への帰国を控えています。この経験を次にどう活かすか。それを考えるだけで、ワクワクしている自分がいます。

あなたの「遅い」は、遅くない

もしあなたが今、「もう遅いかな」と悩んでいるなら、私は声を大にして言いたいです。

遅くない、と。

でも、準備は大切です。資金面での余裕、できれば場所を選ばない収入源、そして何より「なぜ行きたいのか」という自分なりの答え。それらを持って旅立てば、きっと後悔のない時間が過ごせるはずです。

不安でも大丈夫。私も全部不安でした。でも、なんとかなります。いや、なんとかするんです。

次回は、ワーホリの資金準備について、もっと具体的にお話ししようと思います。私が「こうしておけばよかった」と思うことを、包み隠さずシェアします。

あなたのワーホリが、最高の経験になりますように。


次回予告:「ワーホリ資金、本当はいくら必要?私の家計簿、全部見せます」

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